四十路だけど ばかやろう

40歳のおっさんブログ。挑戦の記録。糖質制限MEC食、プログラミング、Unityでゲーム、読書、エッセイ、ニュースに一言。

120歳まで生きるという選択

40歳を迎えたとき、残りの人生というものを考えた。

 

20歳代では、考えたこともなかった。

限りのある人生。

 

二十歳になった時に、「残りの人生、4分の3か」と考える人は少ないに違いない。

私も大人の仲間入りができて、何をやろうかというワクワクしかなかった。

 

それから20年が経過した。

 

人生の折り返し。

 

そもそも誰が言ったのか、そう感じているだけなのだろうか。

折り返しといっても、50歳で亡くなった人にとっての折り返しは25歳であり、20歳で亡くなった人の折り返しは10歳だ。

 

この折り返しとは結果でしかない。

 

40歳で、人生の折り返しを感じる必要は全くない。

 

ただ40という節目の年である。色々と選択するいい機会ではないか。

 

f:id:o8g:20170714115623p:plain

 

変化か不変か

今まで生きて来た手法を変えるべきなのか?

今の現状を変えたいと思っているのか?

 

答えは、変えたい! である。

 

まずは寿命についての考えである。

「寿命は80歳」という意識を植え付けられているようだ。

 

私に植え付けたのは誰だろう。

平均寿命という言葉や、世の中の人々。

まあ、誰が植え付けたかを見つけたところで何も変わらない。

そんなことは、どうでもよい。

 

寿命の限界が120歳までという説があり、研究結果もある。

それならば、限界までチャレンジしようではないか。

 

そんなの無理だ。そういう選択をする人は、そう思って残りの人生を歩めばよい。

だが、私は120歳まで生きるという選択をした。

 

そのために今できることをしたい。

 

健康に気を使うこと、これは必須であろう。

 

ラーメンやカレーといった高カロリーな食事をとること、清涼飲料水を口にすることをやめた。タバコなんてもってのほか。

 

清涼飲料水は普段から飲んでいた。ラーメンも大好き、カレーも大好き、だった。

 

大好きなものをやめるという選択をしたが、意外と平気である。

やめる前には不安であることも、やってみると意外と大丈夫。違った結果が出るもので、不思議だ。今は見ていても食べたい飲みたいと思わなくなった。

 

120歳まで生きるという目標があるからか。

 

 

不変という選択をすることはすごく楽なことである。

80歳までという意識を変えなければ、このように色々と考えることもなかったであろう。

 

変化を選択した場合、その先に何が待ち受けているかはわからないし、今までの手法が通用しないかもしれない。

 

今の現状を満足していれば、不変の選択ができる。そんな人は、世の中にどのくらいいるのだろうか。 

 

 

今できること

120歳までは、80年もある。残りの人生で何ができるか。

 

先ほど書いた健康に気を使うこと以外で何かあるだろうか。

 

偽善だとも言われるかもしれないが、何かに貢献したい。

 

まず、身近な妻への貢献。

 

家事をほとんどやっている妻へ、自分のできることをしてみよう。

 

ゴミ出し、食器洗い。

洗濯はあまり好きではない。あとは部屋の掃除ぐらいか。

 

できることは、あまりにも少ない。あらめて妻に感謝したい。

 

感謝することも、今できることである。

家族に感謝。これを読んでくれた方にも感謝。 

 

20年勤めた今の職場にも感謝。

であるが、あと5年をめどに退職を考えている。

 

自分の力で、なんでもしたいと考えたからだ。

 

家族が口にするものを自分で作りたいし、お金も自分の力で生み出したい。

起業できれば、それが理想なのだが。

 

起業すれば120歳まで働くことができるかもしれない。

退職という概念がないからだ。

 

豚や牛を飼い、鶏を飼って卵を産んでもらって、そんな生活がいい。

自分が飼育できなくとも、

飼育が得意な人に頼むことでもいい。

 

邪魔してくる人

「120歳まで生きようと思って」

そう言うと、そんなの無理という人がいる。

 

何かに挑戦しようとすると、やめたほうがいいとアドバイスしてくれる人がいる。

その人が恩人であると、いうことを聞いてやめるかもしれない。

その人がすごい人でも、やめる選択をするかもしれない。

 

でも、本当にそれでいいのか。

アドバイスを求めた場合に、方法を教えてもらったりすることは、すごくいいことだと思う。

 

挑戦自体をやめた方がいいと言う人には気をつけるべきだ。

その時に年齢を理由にする人はもっと気をつけよう。

 

122歳まで生きた女性は、フェンシングを始めた年齢が85歳である。

きっと周囲に邪魔する人がいたに違いない。

 

85歳と言う年齢では、危険だとか。

そんな年で始めてどうするのとか。

 

挑戦をするかしないかの判断は、本人次第である。

 

 

 

120歳まで生きると言う選択をしたことで、変化が生まれた。

 

この変化は苦しいものではなかった。楽しく刺激的なものだ。

 

変化を恐れず挑戦できるような選択を、年齢に関係なく続けていこう!

 

オヤジボーンでした。