四十路だけど ばかやろう

40歳のおっさんブログ。挑戦の記録。糖質制限MEC食、プログラミング、Unity、ゲーム、読書、エッセイ、ニュースに一言。

良いとか悪いとかはやめて、好きか嫌いかにする。

我がブログも半年が経過した。

 

f:id:o8g:20171222222154p:plain

 

更新の頻度は減っているが、ここまで継続できたことに、とりあえずは満足。

そして、見てくれている方々に感謝。

 

今後も好き勝手に書いていく予定。

 

で、振り返ってみると、開始した当初は、読者の皆さんの役に立つということをテーマに掲げて、記事を書いていた。

 

が、最近はそんな姿勢は無視!

 

自分が書きたいときに、書きたいことを書く。

そんなスタンスへの方向転換をした。

 

なんで方向転換をしたか、覚えていない。

過去記事を振り返ってみれば、わかるかもしれないが、気にしないことにする。

 

また、方向転換するかもしれないし。

 

そんなこちらのブログだが、これからの記事も好き勝手な感じが続くだろう。

 

最近は、自分の考え方を整理していく中で、こんなことを考えている。

 

「良い」「悪い」を捨てる。

 

それで、好きと嫌いにシフトする。ということを実践している。

 

これは、簡単にいうと、裁きをしないということ。

 

裁く心があると、狭量な人間になってしまう。

 

私は、交通ルールを強烈に守っているのだが、守っていない運転手に対しては怒りを感じる。

 

ルールを守っている私は、良い。

ルールを守っていない運転手は、悪い。

 

そんな短絡的な裁き。これをやめようと。

良い、悪いは、私が決めることではない。

 

そう考えをシフトすると、結構楽になる。

 

だが、なかなか難しいのも事実。

後ろから煽られると、怒りが爆発しそうになる。

 

そうなった時は、考え方を変える良い機会と捉えて、気にしないようにしている。

 

そもそも、ルールを破っている理由が、何か特別なことがあってのことなのかもしれない。

 

例えば、誰かを助けにいくとか、親が危篤だとか。

 

親が危篤と聞いて、ルールをきっちり守れるかと言われると、ルールを破るかもしれない。

 

そのような特別な理由があるかもしれないが、私にはそれを知り得ない。

なので、良い悪いは私には決められない。

 

だが、好きか嫌いかは決めても良い。

好きか嫌いかは、自分の中だけの問題。

 

で、ただただ運転マナーが悪い運転手は嫌い。

 

そんな考え方に転換した。

 

職場での態度も変更。

職場の新人に、仕事をこれぐらいやらないとダメだ。

と感じて、良い悪いの判断をしてしまう。

あくまでも自分の物差しで、新人のことをはかってしまう。

 

これもやめた。

 

新人には新人本人の物差しがあるだろうから、そちらを尊重。

私には、良いとか悪いとかを裁く権利は一切ない。

 

そんな考え方をしばらくはしていきたい。

 

しばらくしてダメだったら、考え直そう。